なろう系は架空の世界のエッセイではないか?

なろう系、と言われる小説群がある。はっきりとした定義があるかといえば人によって少しイメージは違うかもしれない。小説家になろうというサイトで人気のテンプレートをある程度踏襲した小説群、とすればあまり説明にはなっていないがなんとなくの定義となるだろう。

私はそんなに沢山のなろう系を読んでいるわけではないが、自分の気になった作品などは読むし、なろう系として賛美されたりバカにされたりするツイートや記事を見るのは好きなのでちょこちょこ読んでいる。

なろう系は批判的な文脈で使われることが多いように思う。曰く情景描写がない、文章力がない、主人公が努力しない、辛い展開がない、もっと過激派になると軟弱で本も読めないバカが気持ちよくなるために読むものだなどと言われるような一部に非常に嫌われているものでもある。

実際テンプレートから外れたものが人気になったりもしているのでそもそも一概にくくれるものでもないような気もするが、小説として読んだ時に強く違和感を感じるものが多いのも確かかもしれない。

精神のポルノという表現が個人的には一番しっくりくるが、これを架空の世界のエッセイないしブログなどと同じ感覚で読んでみると、少し印象が変わるのではないだろうか。

小説のように一冊での起承転結はないかもしれない。場面を想起させる情景描写もないかもしれない。しかし、ネットでなんとなく流れてくるブログや記事を読んで、同じ境遇の人に共感したりする時に、小説的な文章力を求めることがあるだろうか?

もちろんここまで書くと極端であって、特に書籍化して編集や校閲が入ったものはかなり文章が整えられていると思うが、なろう系にアレルギーがある方などは是非もう一度なんとなくそういう気持ちで暇つぶしにでも読んでみて欲しい。

結局のところどんな形であれ人の心を動かすことができるのが最も強いコンテンツなんだろうと最近しみじみ思う。